ハザマ雑記

二極の狭間に漂う者の哲学

閑話その1―私がパラレルワールドに転移してしまったかもしれない話

 いよいよ秋も半ばを通り過ぎ、一日、また一日と冬の息吹が増すのを感じる時期になりましたね。

皆さん、急に来た寒さに慌てて衣替えしてますか?

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 どうも、「ZOOM会議に突如現れ、デスゲームを仕掛ける世界線のRの男」です。モットーは『人権より混沌』座右の銘『二者択一』です。少し私のお話にお付き合いください。

 

 3日ほど前に書き始めた記事がかなり難航していまして、5000文字くらい書いてから「嗚呼こうじゃない」と4500文字くらい消すという人間国宝の陶芸家みたいなことを4、5回繰り返していて、これだと実りもありませんし、誰から見ても明らかに行き詰っているので気分転換でもしよう…と思い経ち、(記事数稼ぎも兼ねて)閑話というナンバリングで小話を挟むことにしました。"閑話"と銘打つくらいですから、大した量の話ではありません。よかったら見てください。

記念すべき(?)第一回目のお話は「私がある日を境にパラレルワールドの自分と入れ替わってしまったかもしれない」というお話です。

 

 話は私が高校生だった頃まで遡ります。僕の記憶が正しければ、「それ」が起こった日も、今日のように空気が秋めき、肌寒さを感じる日でしたから、恐らく9月から10月の間の出来事だったと思います。

 

 私は家からまあまあ離れた距離の高校に通っていましたので(電車で通学していたこともあり)、放課後に教室で友人と話しこんだりしているとしばしば帰りが遅くなってしまうことがありました。丁度その日もそんな風で、最寄りの駅に着いたのは19時少し前。駅舎の階段を降りながら「外はすっかり暗くなってしまっただろうか」などと懸念していたのですが、駅前を見てみると、奇妙にもまだ夕焼けが空いっぱいに広がっていたんです。私が友人と別れた時間と空のオレンジ色の具合が全く変わらなかったんですね。その時は「珍しいこともあるもんだ」くらいに思っていたんですが、駅から家に向かう道中も、一向に夕焼けの消える素振りがないんです。私も夕焼け自体は大好きで、夕焼け空に紫がかった雲が輪郭をはっきりとさせて浮かんでいたりすると、思わず写真を撮ったりするのですが、その日のそれは余りにも不気味だったので、なるべく直視しないようにして帰りました。

 帰路が折り返しに差し掛かった辺りで、もう一つ奇妙なことに気付きました。それは周りの景色をちゃんと見ないで帰っていたために、それまでの道中で気付かなかったことなのですが、大通りの信号に足止めされて、向かい側や対角の信号も見た時、街に人が全然いないことに気付いたんです。

 腐っても駅前からまっすぐ延びる大通りに沿って帰ってきていますし、時間帯のことを考えても、普段なら帰りの学生や社会人がもっと沢山歩いているのです。私が利用する駅も立派な駅舎を構えるくらいには利用者が多いところです。ですから、そこの通りに限って人が少ないなんてことはあり得ないんですよね。なのに人がいない。私を含めても3~4人しかいません。大通りだというのに、車も全然通りません。

 何かそういう奇妙な気付きのある日というのは、どことなく嫌な予感をさせるもので、私はもうとっとと帰ろうと思って足を速めました――本当は少し空腹で、帰り際に通り沿いのコンビニに立ち寄って何か食べようと思っていたのですが、それも止めて――。

 

 そうして大通りから外れて、曲がって、曲がって…愛しい我が家の前まで来たとき、私の頭上はすっかり黒が広がっていて、先ほど大通りを歩いていた時の長い長い夕焼けは空の何処にも跡がありませんでした。私としては夕焼けが不気味で仕方なかったので、(空が急に暗くなったように感じたことも一旦置いておいて)安堵し、制服のズボンに付けてある鍵に手を伸ばしたんですね。しかしいくら触っても手に金属の感触がない。慌ててポケットの中――それもズボンの後ろポケットだったり、ブレザーの内ポケットだったりをくまなく――やカバンの中を探しても、鍵がなかった。確かに私は学校で、ポケットに手を突っ込む際に鍵に触れているのを覚えているのです。もしかしたら帰路で落としたかもしれない…と考えると、とてもげんなりしました。家には入れない、鍵は失くす…。散々です。

 私は困り果てて、弟に連絡を取ったらば、幸いにも20時までには家に戻る…という返信がすぐ返ってきたので、私は家の前で待つことにしました。

 しかし時計を見るとまだ19時半頃。家の鍵が開くのは30分後。30分も寒い中空腹でいるのも嫌でしたから、考えも立ち戻って、少し行ったところのコンビニで自分と弟の分のホットスナックでも買おうと思い経ちました。

 服装はそのままで、カバンももう一度背負って、先ほどの通りに戻ると、夕焼けの時とは打って変わって、人も沢山歩いていました。改めて今日の帰路の静けさは何だったのだろう…と考えながら歩いていたのですが、足止めされた交差点のところまで戻った時、決定的に「いつもと違う」ものが目に飛び込んできました。

 その交差点の付近には某大企業の建物が何個か建っていまして、交差点の私が立っている位置からは、丁度本社の建物と、大企業らしくグループのロゴ状にくり貫かれた建物が見えるのです。

 夜になると、光の弱いライトがロゴを外からやんわりと照らすのですが、その日はロゴそのものが煌々と黄色に光っていたのです。側面に設置されていたはずのライトは一つもありませんでした。

 特に何かを意識するわけでもなく通る道でも、毎日通れば些細な変化に気付くことができます。ここのお店の立て看板が書き直されている、ここのお宅の外壁塗装が新調されている…など、例を挙げればキリがないけれど、私が生まれてから一度も、そのロゴが本人から――言い換えれば、くり貫かれた内側から――光っているところなど見たことがなかった。最近になってリニューアルされたという可能性がないことは間違いありません。そのロゴを象った建物が工事されているところを見ていないからです。

首を引っ込めていた奇妙が再びふつふつと湧いてきたきたので、私はコンビニに飛び込んで、適当にチキンを2袋買うと、それ以上何もせず――本当は帰路で自分の分のチキンは食べようと思っていたけれど、それも止めて――家に戻りました。

 

 私が戻る頃には弟も帰っていて、家の電気も付いていました。

 家の中に入ると、すぐ側のカウンターに私の鍵が置いてありました。本当は付けておいたはずの鍵が、どうしてカウンターの上に置いてあったのか。今考えても奇妙でなりません。

 その日はホッとしたので、もうそれ以上考えるのは止しましたが、後になってどうもその日のあれこれが気になって、ああだこうだと考えているうちに、私はある仮説に至りました。

 

あの日、『ロゴの光らない世界線』の私の精神と『ロゴの煌々と光る世界線』の私の精神は入れ替わってしまったのではないか。あの長い夕暮れの大通りは、いわば時の止まった空間、"世界線シフトトンネル"だったのではないか。「こちら」に元々いた私はその日、鍵を家に忘れて、学校へ向かってしまったのではないか――。

 

 今になって考えてみても、どうして持って行ったはずの鍵が家にワープしたのか、某企業のロゴが突然光るようになったのか、あの長い夕暮れは何だったのか、その答えは出ていません。上の仮説は正しいのか、私の痛い妄想に過ぎないのか、それを確かめる術もありません。

 ただ、今日も、その企業のロゴは煌々と光っています。

 

 読者の皆さんも、長い夕暮れを携えた駅前の道には気を付けてください。もしかしたら、貴方が気付かぬほど些細な違いの世界線に、そこをくぐってシフトしてしまうかもしれませんから。

 

 …さて、いかがだったでしょうか。ブログを始めた時、いつかこの話を書きたいと思っていたので、私にとっても丁度よい機会でした。今後も、何らかの理由で記事の更新が滞るようでしたら、こういった閑話を挟みながら、本丸を書き進めていきたいと思います。

 

 それでは皆さん、次回の記事でお会いできるのを楽しみにしております。またね。

 

~おまけ~

 

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ここに写ってるこの二人、

 

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かわいいアルヒ……?

 Amazonで「光るアヒルのベル」を見つけたので「ファンキーだなあ」と思って(何故か)購入したのですが…

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アルヒ(現物)

 帽子がアングリーバードのものが届きました。著作権的に大丈夫なんだろうか…

しかもこれ、ヒルをぶっ叩かないと光らないという謎の仕様になっており、


Rの男vs全く光らないアヒルベル

 

 動画の通り、かなり強くぶっ叩いてるのに全く光りません…

 買ってすぐ試した時は普通に光ったので、故障ではないと思うんですけど…

動画も完全に『計画に失敗して八つ当たりするサイコテロリスト』になってますし…

 

 リンク貼っときますので気になったら買ってみてください…